なんて素敵な・・・☆9

ローリーのことをこの子、といったが、何しろ年は私よりも十近く若いのです。


その若さにしてあの老成した口ぶり。


アンドレ・マルローや谷崎に混じって、彼女の愛読書の中には分厚いタロット占いの本だとか、フラ・アンジェリコの画集だとか、幻想文学の類の私が知らない作家の物なども混じっていました。


彼女には極めて排他的な自分だけの世界というものがあって、あの部屋はそういう彼女の世界を象徴する牙城であるのに違いない。


「光の具合によって、座る場所を変える」そんなこともいっていました。


そうやって、光を求めて部屋の一方の端から一方の端までを順に移動しながらローリーはいろいろな空想にふけったり、本を読んだりするのです。

なんて素敵な・・・☆8

前回の続きです☆


「ここの部屋のその、部屋づくりのコンセプトといいますと?」


「そうですね、ここにあるものの大半が拾って来たものっていう点でしょうか。家具は基本的にすべて拾い物ですし、芸術作品みたいに見えるかもしれないオブジェの類も、実はほとんど拾い物」


「はあ」

「そういったガラクタっていうのは、興味のある人の目にはつくけれど、興味のない人は全然気がつかないものです」


「ああ、そうですね」


「用途とか、善とか、ということを超えたところでまず、美を見出す。


そういう種類の美は、必ずしもぴかぴかの新品のものにあるのでなくむしろ多くの場合、古ぼけたものの中に宿っています。


こういう、いわば谷崎的な価値観を持ってるフランス人ってかなり多いですよ」この「谷崎的」のところで編集者は「うっ」とつまずき、私も補足説明が上手にできなくてちょっと困ってしまった。


追い討ちをかけるようにローリーは続ける。


「『卍』の世界といえばいいかしら、そう、あの感じ。


ああいうような世界にある種のフランス人ってすごく惹かれるんですよ」


うーん、やはりよくわからない・・・。


この子はいったい、どういう子なのでしょう。


あの部屋といい、赤毛のぼさぼさ頭といい、そのものの言いようといい、彼女は私の好奇心をひどくそそりました。

なんて素敵な・・・☆7

「面白いですね、こういうアイデア」と編集者。


「そうやって隙間を埋めればほこりも入らない」とローリー。


一時が万事こういう調子で質問する編集者はいたって真面目、答えるローリーも本当は同じくらい真面目なのだが、間違いなくその性格のユニークさの故、なんだか人を食ったような回答になってしまいます。


こうして一通り室内を見てまわった後、カメラマンが写真を撮っている間、私たちはリビングの丸テーブルの周りに腰掛けて、ちょっとしたインタビューということになりました。


この日の私の役割は通訳と、そして必要に応じて補足的な解説をすることでした。


「ご家族について少し伺いたいんですが」


「祖父は画家、父は建築家という家庭に育ち、兄はやはり建築家、弟はデザイナーに、そして私は、美大を出てからアーチストになりました」


「アーチスト…というと?」


「グラフィックもしますし、インテリアも手がけます。コスチュームのデザインを手がけたことも」

「日本人は12歳の少年だ」

「老兵は死なず、ただ消え去るのみ」。


このような名言を残して退官した連合国軍最高司令官ダグラス・マッカーサーが、日本を去ったのは、前年の4月16日でした。


当時の日本政府は、トルーマン大統領に罷免されて帰国する彼に、名誉国民あるいは終身国賓の待遇をあたえる準備をすすめていたといわれています。


・・・ところが、ここに思わぬアクシデントが持ち上がりました。


それはこういうことです。


帰国後、マッカーサーは、こともあろうに、病院での証言で「日本人は12歳の少年だ」ときめつけたのです。


・・・なんと言うことでしょうね(´・ω・`)

なんて素敵な・・・☆6

リビングを離れ、次はベッドルームへ。


小さい(といっても八畳くらいか)空間を独り占めするダブルベッドには生成りの布がカバー代わりにかけられ、枕元の床には二十冊くらいの本が(まるでそれ自体がオブジェのように)・シグザグに積まれています。


そのてっぺんにあったのは、アンドレ・マルローの『人間の条件』。


同じく枕元の壁に画鋲でとめられた数枚のセピア色の写真。


「これはご家族の写真ですか」と尋ねる編集者。


「いいえ。蚤の市で買ったんです。私とは全然血のつながっていない人たちです」と答えるローリー。


洗面所には半円や三角など、フレームのないむき出しの鏡(そのうちの一枚は、たぶんわざと割ったであろうと思われるいびつな形だった)が何枚か壁に貼られ、その鏡と壁の間に挟み込むようにして、異国から届いたポストカード、古いトランプのクイーソ、ドライフラワーのバラ、針金のオブジェなどが飾られていました。

なんて素敵な・・・☆5

ところどころに絵筆を差したジャムの瓶とか、奇妙な形の石ころ、古びた壷など。


部屋のこちら側では、どこかで拾ってきたような五〇年代調のプラスチックの丸テーブルにアフリカ風の耕模様の布がかけられ、周りに置かれた四客の椅子は黒革のスッールあり、クルミ材の重厚な肱掛椅子あり、という具合にてんで。


バラバラなスタイル.もう一方の側の窓際には、ささくれ立った薄ピンクの革の一人がけのソファが二つ、斜めに向かい合っています。


さびた鉄でできた、背の高いオブジェがその脇に立っているかと思えば、丸いコーヒーテーブルの上にはドライフラワーの束と石臼のような灰皿。


「これは何ですか」一つ一つのこうしたオブジェや家具について兀帳面に質問してノートにメモする編集者に対し、「これはサハラ砂漠で拾って来ました」などという壮大な答えを次々に発するローリー。


その対比がなかなか面白く、数々の同種の仕事の中でもかなり楽しく思い出に残るシーンです。

なんて素敵な・・・☆4

両親の持ち物だというその屋根裏部屋は、もともと「お手伝い用の小部屋」が四つ並んでいたものを壁をぶち抜いて広めのリビングと寝室というシンプルな間取りにし、そこに申し訳程度のキッチンとバスルームがついているものでした。


天井こそ低いが(何しろ使用人のための空間だったわけで)、細長いリビングの両端の壁にそれぞれ天井まで届く窓があるため、案外明るい。


白いペンキの塗られた壁に外光が反射する効果か、外の曇天が嘘のような豊かな光量が部屋を満たしているのだ。


リビングの一方の壁にはやはり白いペソキを塗ったブロックと厚い木板を重ねただけの書棚があり、そこには無造作もまたお洒落、といった程度の乱雑さで床から天井まで本がぎっしり詰まっています。

なんて素敵な・・・☆3

「絶対、絵になるから」と太鼓判を押してそこへ私を送り込んだのは、アンヌ・マリーの兄であり、従兄妹たちだったが、私は無責任にも彼らの言葉をただ信じ、事前に下見をする手間も省いて取材当日、ぶっつけ本番でこの部屋を訪ねたのです。


ああ、よかった、これなら大丈夫そう・・・。


彼女の案内でさして広くもないそのアパートをあっという間に一周しながら私は胸をなで下ろしていました。


その雑誌が期待する物件のイメージとは必ずしも一致しないかもしれないが(たぶんもっとゴージャスだった方が喜ばれただろう)、これほど完壁にパリ的な空間を演出している部屋など、そう滅多に見つかるものでないことを私はそれまでの経験からよく知っていたからだ。

なんて素敵な・・・☆2

教えられた通りエレベーターで五階まで上がって、その先は徒歩でもう一階分、登っていった突き当たりにドアが一つ。


素っ気無くも細長い階段には小さな明かり取りの窓があって、その曇ったガラスの向こうは、おそらく裏庭側だろう、ポーッと白く霞んだ光がそこから透けています。


呼び鈴はなく、代わりに練鉄の猫のオブジェが目の高さのところに貼り付けられていました。


ドアをノックすると「ウィー」と語尾を引き伸ぽした物憂げな返事と共に、コツコツと固い靴の音がして、間もなく二重ロックの鍵を開けるガシャガシャッという音が響いた。


「こんにちは、はじめまして」日本から「パリのインテリア」を取材に来ていた編集者とカメラマンの案内役としてここまでやって来た私も、実は彼女とは初対面なのでした。

なんて素敵な・・・☆1

ある日のことです。


それはまるで雑誌のページに出てくるような部屋でした。


「パリジェンヌの一人暮らし」というようなタイトルでいかにも日本の雑誌に紹介されそうな、嘘のようにイメージ通りの部屋だったのです。


しかもその部屋の住人、ローリーの職業は、といえば、これまた絵に描いたように「アーチスト」なのです。


こういう部屋が実際に存在し、こういう人が実際にそこに住んでいるということが、あまりに出来すぎのため、かえって非現実的な気がしたほどだった。


パリの13区と14区の境に位置するその建物は今世紀初頭建築の煉瓦建てで、それ自体としてはとりたててこれといった特徴はなく、むしろ殺伐とした雰囲気ですらありました。


そしてその雰囲気をさらに盛り上げるかのように、右隣は病院、左隣は修道院、裏側は墓場。


その日、空はどんよりと曇り、空気は生暖かく湿っていました。

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