ちょいまじめな話題 その9

歴史的アプローチ歴史

有名なJohnRobert Seeleyの"History without political science has no fruit:Political Science without history has no root政治なき歴史は実を持たず、歴史なき政治学は根を持たずミという言葉が歴史学と政治学の密接な関係を示すものとしてしばしば引用されています。

過去の歴史の延長線上に今日を位置付け、今日の政治制度や政治的事件が過去に起源を発する限り今日の政治現象を解明する糸口はそこにあると考えることは自然です。

EdwardSaitが言うように、歴史的アプローチは諸制度の真の性格とその制度が形作られた方法を認識する唯一の手段を提供するという意味で不可欠です。

また、歴史的事例を通じて決断の単純化をはかろうとしたとしても自然です。

ここに歴史的アプローチが政治学のみならずすべての学問分野で広く採用されて来た理由を求めることが出来るでしょう。

状況打開

現在の経済的危機の中で、特に社会住宅自身の持つ内部矛盾を挺子として、住宅政策の状況打開の切迫した動きが見られます。


社会住宅の持家建設も増加しており(78年では、社会住宅の建設総戸数に対して約60パーセント)、社会借家住宅の売渡しの促進も行われているなど、全体として住宅供給の自由化の動きが存在しています。


しかし、この動きは同時に住宅供給の放任化を意味するものではありません。


現在、西ドイツには対物促進(社会住宅)と、対人促進(住宅手当)の二つの住宅援助の方法が並行して行われていることは本報告の中にも述べられているが、問題の媛小化を恐れずに言えば、現在のデスクトップ仮想化は社会住宅ストックがある程度で存在する段階で、二つの促進方法についての、重点の置き方の異なりによるものだと言えるかも知れない。

ちょいまじめな話題 その8

歴史的アプローチ歴史

学者の役割は極めて大きい。

政治学と歴史学を峻別することは難しい。

政治学における歴史的アプローチとは利用可能なデータを駆使して過去の歴史的出来事を研究し、過去の事例から現代の政治活動に資する仮説的結論を引き出したり政治的未来図をアナロジーの技法を用いて予測しようとさえするアプローチです。

基礎となるデータは政治家の伝記、回想録、新聞記事歴史書などから研究対象となっている事件に関係のある人々の私信やインタビューなどであるが、それらのデータを研究者は自らの照準枠組や知的判断力に従って合成し、パターン化し、詳細な記述を展開します。

ちょいまじめな話題 その7

法的アプローチ

政治学を憲法体系やそれに基づく諸制度の研究によって構築する場合、憲法の背景にある諸原理、体系的一貫性、権威の概念などが比較研究の素材として容易に利用されることになります。

法的アプローチはフォーマルな政治制度とその背後にある原理を追求することによって政治的現実を無視ないし回避する危険が多いと批判されています。

現代の政治研究者は純粋に法的なアプローチのみに依拠することからは大きな実りを期待できないと考え、関心の焦点をフォーマルな制度や法律体系から政治行動・機能に移しつつあります。

カリウム

カリウムというのは、本質的には植物の三大栄養素の一つ、肥料源です。

だから、昔は草木灰は畑に撒いて肥料として使っていたわけです。

カリウムなどは、本来はそういう形で回収するべきですが、いまは有害物質の混入などの問題があってだめだということになるわけです。

ですから、そういう細かいことをやらずに、主成分のシリカ、アルミナを使って、それに石灰を混ぜてばい焼してやると、実はセメントができるのです。

しかし、そのセメントは、多少ナトリウムやカリウムが多いんです。

話はちょっとそれますが、リサイクルトナーは便利でした。

何をリサイクルするかというと、トナーの容器なんです。

容器に中身を詰め替えるサービスです。

ちょいまじめな話題 その6

法的アプローチ

大陸ヨーロッパ(とりわけドイツ)においては政治学と法律は不可分に統合されてきたし、今もその伝統が強い。

ドイツの政治学、すなわち「国法学」や「国家学」に大きな影響を受けてきた日本の政治学にあっても両者の関係は極めて密接です。

一方、アングR・サクソン諸国では両者はある程度峻別されて来たがそこでもやはり政治研究者のエネルギーの多くが法的な制度に投入されていたことには違いありません。

ちょいまじめな話題 その5

哲学的アプローチ

政治哲学者は主に規範的=normativeな活動に従事した、すなわち、"あるがまま"よりも"あるべきもの"の表明が重視されました。

政治の真の目的とか最高の政治形体を追求することが政治哲学者の主たる関心でした。

実在と認識に関する理論哲学は粗雑な思想家が容易に足を踏み込むことができる領域ではありません。

しかし、政治哲学者の研究が科学的水準の高いものであることはめったになかった。

おそらく、精緻化された科学的方法が欠如していたことがその理由の1つでしょう。

しかし、最大の理由は政治哲学者の関心が科学的活動ではなく規範的活動oughtquestionsにこそあったということに求められよう。

ちょいまじめな話題 その4

哲学的アプローチ

政治学における哲学の伝統はPlato、Aristotleにまで湖ることが出来ます。

普遍的価値の探究はある場合には"正義"(Plato)、"良き生活"(Aristotle)、"人々の安全"(Hobbes)、"一般意思"(Rousseau)、"恒久平和"(Kant)、"最大多数の最大幸福"(Benthamら功利主義者)、"共同生活の規準"(Lindsay)などの関連で広範で多様な問題領域を基礎に構想されました。

具体的な事実の観察を一切排除した形で先験的な演繹にのみ専心したわけではないが、多くの場合、政治活動の目標の選択やこれらの目標を達成する上で必要とされる行動形式を記述する傾向が強く、哲学的、道徳的(ある場合には宗教的でさえある)価値の実現への情熱に支えられていました。

ちょいまじめな話題 その3

伝統的アプローチ

現在の政治研究においてもそれらが依然として重要な役割を演じているという明白な事実を伝統的という語によって論破しているわけでもなければ伝統的アプローチの存在そのものを批判しているわけでもない(現に、新しいアプローチが登場するや、古いアブローチが一掃されたなどという現象が見られたことはありません。

多様な、時には椙抗争するアプローチの競演という様相を呈するのが常である).とは言ってももはや政治学研究の主流を独占してはいないけれども(Alan、Ba11、1971).20世紀の到来迄の政治学研究はα)哲学、(ロ)歴史、の法律に支配されていた。

Plato、Augustine、Hobbes、Spinoza、正{ege1などは政治的権威や服従を大きな哲学体系や世界観の文脈で語りました。

一方、Thucydides、Machiavelli、Montesquieu、Bagehotらは自分自身の観察や他の人々の観察に基づいて政治現象を分類・一般化し、あたかも自然観察者であるかのごとく理論を展開しました。

また、AristotleやMarxらはその双方に従事しました。

彼らは自分の生きた時代の学問に精通し、広大な知識領域と豊富な政治的経験を武器に、政治研究を行いました。

諸科学問の境界線など引くことが無意味な時代に生きた偉大な知識人に特有の全包括的理論を展開しました。

ちょいまじめな話題 その2

伝統的アプローチ

一般に伝統という語からは「既にすたれたもの、あるいは単に面白い遺物であるとか、実際には有害なもの」を連想したり「実質の伴わないひからびた権威主義」といったイメージを抱かれたりしています。

その意味でマイナス・イメージと悪い香りが容易に取り去ることが出来ない程に付着した「伝統的」という語をあるアプローチに使用することは多くの誤解を生む可能性が強いとして敢えて在来的という表現を採用するだけのエレガンスを持った研究者がいて当然です。

ここでは、不要な混乱を避けるため一般的使用法に従って伝統的という語を使用:するが次の点は必らず銘記されなければならないでしょう。

あるアプローチに「伝統的」というラベルを貼ることはそのアプローチがまったく有意性を持たないと宣告することではありません。

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